週刊ポスト 「孤独の研究 中森明菜とその時代 (第5回)」

週刊ポスト(2013.8.30号)『孤独の研究 中森明菜とその時代 (第5回)』

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「スター誕生!」に最初の応募ハガキを送ったのは中学1年(1978年)。

当時、予選会でピアノ伴奏をしていたのは、後に明菜のボイストレーナーを務めることになる大本恭敬だった。

「夏に抱かれて」を歌い、予選突破。1ヶ月後の本選で初のテレビ出演を果たす。審査員・松田トシに「年齢のわりには大人すぎて、若々しさに欠けますね」と言われ、結局、合格ラインの300点に届かず不合格。翌朝、すぐに応募ハガキをスタ誕に送る。

中学3年の夏、2度目の本選出場。松田聖子の「青い珊瑚礁」を歌うも、再び松田トシに「歌が上手だけど顔がとっても子どもっぽいから、無理ね。大人の歌を歌うより、童謡でも歌ってたほうがいいんじゃない?」と。明菜の口から抗議の言葉が出たが、客席で見ていた母の「明菜!やめなさい!」の声で怒りの矛を収めた。

高校1年(1981年)の7月、いよいよ3度目の本選出場。歌ったのは山口百恵の「夢先案内人」。審査員の中村泰士はこの日の明菜は「完璧」だったと判断し、100点をつけようとしたが、電光掲示板は99点までしか表示されず一時収録を中断。この時、他の審査員にそれとなく点数を聴いてみたら皆、中村が思っていたよりも低かった。必死に明菜の良さをアピールしたところ、もう少し点数を増やすということで同調してくれ、結果、392点というスタ誕始まって以来の最高記録を出す。結果、11社からのスカウトマンのプラカードが上がり、アイドルへのパスポートを手に入れた。

今週は、スター誕生での秘話が盛りだくさんでした。

内容的には、ポポロの「心の履歴書」などに書いてあったものと重複するところもありますが、当時の審査員だった中村泰士さんのインタビューがあったのが良かったです。

「僕はね、君に100点をあげたかったんだ。でも2桁しかないものだから99点にしました。期待しているよ。がんばるんだよ!」の言葉が泣けます。

それにしても、松田トシ先生、キビシイなぁ~。

次号(2013.9.6号)は、8月26日(月)発売です!





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